きぬかつぎ

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小説の感想・妖奇庵夜話 その探偵、人にあらず

さっきリビングでソファに座っていたら、キッチンからピチャピチャと音が。

茹でて冷ましてほぐしてあげた鶏のささみを、あげた時は半分だけ食べてどこかに行ってしまったくせに、後でこっそり戻ってきてキッチンの作業台の上に置いておいた皿から盗み食いする音である。

魚の油を舐める猫又、なんていうのはこういうところから考え出されたのではないか。

ソファに座っていた私は読んでいた本のせいで思ってしまった。

ちょっとネタバレありです。

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この前半人半妖の美少年が出てくる「地獄くらやみ花もなき」を読んだ後、似たような系統の作品はないかなあと探していて見つけたのがこのシリーズだった。

表紙の絵と作品の紹介文からの第一印象に過ぎなかったが、まずは一冊読んでみよう、と買った。

でも作者が違うんだから同じなわけがない。

和装の美形が出てくること、頭脳明晰で口が悪いこと、そして反対に鋭いとは言えないが天然で一生懸命な若者が出てくることは似ている。でもそのほかは全然違った。絵画的な印象を(個人的に)受ける「地獄くらやみ花もなき」とは異なり、妖奇庵夜話の方は登場人物から発せられるたくさんの独白で物語が作られていると感じられた。

世界の設定も異なる。妖怪的な特徴を持つ妖人という、人間にかなり似ているが異なるDNAを持つ者たちが人間の社会の中で「発見」され白日の元に曝されるという設定で、何かあるごとに妖人のせいにしたがる風潮に静かに立ち向かって行こうとするのがこちらの作品だ。

結局のところ妖人にだって善者と悪者がいるのだけれど、それは人間も同じことだ。私が読んだこの巻でも、実際には人間の弱い心から事件が起きた。

ただ、邪悪なのは人間の方だったのだー、という単純なものでもなかった。人間の心理を利用した妖人もまたいたのである。妖人がさりげなく影響を与えていなければここまでにはならなかったかもしれない。そして人間が行動力を示さなければこんな事態にはならなかったかもしれない。

この二つの種族の特徴?が作品の中でいい感じに活かされていたな、と読み終えた時に思った。

特に最後の二つの場面が特徴的だった。

一つは深夜の茶室での会話。暗がりの中で、妖人の中でも人に害を成す属性を持つ者が伊織をしきりと誘う。作品の中でずっと出てこなかった、伊織の妖人としての本当の正体を口にし、それを理由に自分と一緒に行こう、と誘う。

もう一つは人間同士の会話で、今回の事件に関わったある人によるごく普通の、友達への電話である。一見何ていうことのない噂話や軽い愚痴、世間話だ。でも内容を辿っていくと事件がどうして起きたか、どうしてこんな結末になったかが、なんの罪悪感もなく語られている。一番それらしくなさそうな人物が犯人だ、ということが言われたりするけれど、この場合も直接手を下したわけではないがこの人が実は根源だったとわかる。

そうすると、最初に出てきた方の妖人の方が悪そうに見えて実はそれほど悪くないということに気付いてしまう。妖人たちはその属性に従っているだけであり、それが自然なわけだ。人間の方は妖人の餌食になっているように見えて実はそんなに弱くなくて、自分のエゴのために生きる強かな生き物なのだな、と思えてくる。

読み終わる頃にはすっかり引き込まれていて、続刊も買わねば、と思っていた。

新しい味のアイスをまた一つ発見したみたいだ。